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余談を追求していく姿勢


嶽本野ばら氏の"ミシン"
を、6年か7年ぶりに読んでいた。

の一節を読んで、当時のことが鮮やかな色を持って脳内を過ぎった。

これを貸してくれた、大切な友人

当時、確か恋愛的に好きだった覚えがある。



何でだか、昔から手の届きそうに無い人ばかりに憧れて、尊敬して、追いつけないなーって、その差を目の当たりにして、ダメだぁーって、しょぼくれるのが好きだった。

当時の自分に、そういう風にしてるのが好きなんでしょうって言ったって怒ると思うけど。

今だからそう思う。

だって18、19だもの。



その癖を何年も引きずって、そんな癖に飽き飽きした節はある。

いつだかにも書いたけど
現状に満足してないってことに、満足してる

って、そういうことだったんだろうね




今はどうなんだろう。

鮮やかにあの時の感覚を思い出して

本を読みながらぐすぐす泣いてる自分を斜め上から見下ろしているような気持ち。

ばかだな、って
あほだな、って
そんなことより自分大事にしなよ、って


この際だから高校終わりくらいから大学前半に思いを馳せてみるけど

必要としてくれる人に縋っていた
一つ切れたらまた次へ
って、やってたら、自分が何をしたいのかわからない、主体性のない人間が出来上がった。


私はこれをやりたい!
なんで?
誰かの(自分が限定している、誰か と、まだ知らない誰か)ためになりたいから!


そりゃね、自立してちゃんと自分持ってる人が言ってたら格好いいかもしれないよ

ほんとー、ばかだな、って。

でもそれを評価してくれた人は沢山いた
沢山いたけど



今更だから吐露してしまうけど、
じゃあ私のために何をしてくれる?
って、思っていたのさ。頭の隅で見ないようにしていたけども。


誰かのために あなたのために

って、言いながら、結局ずうっと見返りを求めていたんだよ

口に出さずに(Point1)
私が好きでやってるからってね(Point2)


うわこいつ蹴飛ばしてぇ

あの時優しい人ね、良い人ね、なんて
何遍言われたかわからないけど

今思うと本当に滑稽で
隙だらけで
可哀想な
ばかだな、って。




足りないものばっかり
わからないものばっかり人間的には、
そんな自分が好きでした。

でもさー、その時の人達が言ってくれた、たくさんの ありがとうとかは、覚えてるけど
いつでも思い出すのは、天使みたいな友人Yちゃんの「もっと自分のこと大事にしなよ」と、「好きな自分でいる努力しなよ」だったりするし、友人K氏とのお話だったりするし、S氏の鮮烈な理論と分析や「頭を使え、工夫しろ」だったりするし。

薄情かしら。
今の方が好きな自分だから、いいかな。

その人たちの中にいた私は死んだんだよって
思っちゃった。

当時の友人に
「てっきりまだ同じものを見ようとしていたって思ってたけど、もう違うんだな」
みたいなことを言われたのを、思い出した。
 期待させてごめんね。

悪いけどそんな私はもういないんだよ たぶん。
とかやってたら、その友人がLINEの友達リストから消えてることに気づいた!あららーん






考え方や環境が移り変わっていけば、褪せて見える過去があるし、美しく思える過去もある。

何をどれを大事にしたいかなんて私が勝手に選んでいいものでしょ

って、少しだけ自分に言い聞かせた。